「表現規制反対!」フェミニストのCMへのクレームにNOを!

最近のフェミニズムのCMへのクレームは目に余るものがある、少しでも性的な匂いがするとセクハラだと騒ぎ放送中止に追い込む
これに賛同する人はどれだけいるのか?ネット社会の現代では炎上してもそれは世論とは限らない、少数派でも日本中から声が集まり拡張されるので多数派に見えてしまう
さらにフェミニズム御用聞きのニュースサイト(中立ではなく思想をもっている)で取り上げられ世論の様に装われる、こうなると他のニュースサイトも面白がって取り上げたりして益々世論の様に偽装される、一般の人は傍観しないで過激なクレームには反対の声を上げて企業を擁護しなければいけない
 
TVはバラエティなど多少は性的な表現が許されているがCMは企業がイメージを大事にする弱い立場なのでそこに付け込まれ放送中止に追い込まれる(厳密には番組自体がスポンサー契約をしている訳だがCMは企業がダイレクトに意識されるから)
これを社会のルールにしてもいいのか?放っておくとCMだけでなくバラエティの番組の中身にまで口を出し始め娯楽が奪われる、CMなので関係ないと思っていては駄目、漫画などへの表現規制も同じ思想が通低しているのだから。
 
フェミニズムのCMへのヒステリックなクレームには一般の人が反対の声を上げよう
 
 
・CM弾圧は立派な表現の自由の侵害で漫画等への規制にも通低すること
 
・その内、バラエティ等でも性的な表現が駄目になり無菌室の様な社会に、娯楽が奪われる
 
フェミニズムは勝手に社会のルールを我々が知らないうちに作ってしまう
 
・CMへのヒステリックなクレームは少数派。炎上はネットで拡張されているだけ。フェミニズムは御用聞きのニュースサイトを使い世論を装う
 
・企業を守る人がいないので企業は折れるしかない、そして表現が弾圧されそれがルールになりつまらない社会になる
 
・傍観していては駄目。漫画への規制と同じように反対の声を上げよう

 

「性暴力、被害者に一切非無し」その通りだがその「被害」が事実がどうか不明確な場合は?

性犯罪の被害を訴える女性に「なぜ抵抗しなかったの?」と疑問を持つことを一切のタブーとする動きが見られるがこれには一抹の懸念がある

これがタブーになるには被害が事実だという前提がいるがそれが不明確な場合にタブーにしてしまうと冤罪を生む可能性があるからだ
 
下記記事では「なぜ逃げなかったのか?」と女性に疑問を持った警察官をも非難しているが警察は偏り無く捜査をする必要があるのでそれは仕方の無いことではないだろうか?女性の言い分だけを絶対視していては冤罪の温床になってしまう、捜査や裁判では被告原告両者の供述の信憑性を審査することになるのは避けては通れないことでこれが担保されないと裁判の意味が無い求められるのはケアであって女性に限り必要不可欠なものまで含めて一切の負担を排除しようとするのは冤罪という別のもっと大きな問題を生んでしまう
 
20代前半で職場の上司にレイプされたという東日本の女性(30)が、毎日新聞の取材につらい過去を初めて語った。「やっと就いた仕事を失うかもしれない」と頭が真っ白になり、抵抗できなかった。交際相手や親、女性警察官に「なぜ逃げなかったのか」と責められ、しばらく外出ができず会社を退職。今も時々恐怖に襲われるなど心に深い傷を負っている
 
性犯罪だけ特別視されるが他の犯罪でも捜査や裁判で被害が事実かどうか調べられることは避けては通れない、また告発される側においても、例えば痴漢で被害が勘違いや偽りであった場合は疑いをかけられた男性への負担は想像を絶するものがある、しかし疑いをかけられた以上は捜査に付き合わなければいけない、これを一方的な決め付けでその負担の一切の排除、「男性を疑ってはいけない、男性は捜査に付き合う必要な無い」としてしまう訳には行かない、要は犯罪が起こった以上は女性に限らずに負担は発生するということ、繰り返すが求められるのはケアであって公正な捜査や裁判の否定ではない
 

しかしケースによっては理解できなくも無い

昨今ヒステリックな被害者擁護論が喧伝されるがケースによっては理解できなくも無い、というのは加害者が罪を免れるために嘘を付くことは常套手段でありそれにより被害者がさらに傷つけられたり最悪な場合は無罪になったりすることもある、なので明らかに整合性の無い主張に対しては確証は無くとも感情的に批判が沸き起こるのが社会というものだ(厳密には許されないのかもしれないが)しかしそれを許容するには逆に被害者側の主張に整合性が無い場合は批判とまではいかなくてもそれを指摘することが許される社会であるべきだ、なぜなら被害者側の主張に整合性が無くても「女性を疑ってはいけない(逆に言うと男がやったに決まっている)」という空気が支配していては冤罪からどう身を守ればいいのか?ここで思い出されるのは小出恵介氏の未成年との淫行かつ暴行疑惑事件だ、これは未成年という事から淫行に関しては小出氏に非があるが暴行という点においては明らかに少女の主張に整合性が無いことからネットで少女へ疑いを向ける意見が相次いだがそれすらもセカンドレイプだと批判する人達がいた
ワイドショーでも少女の不整合な主張へ疑いを向けないで「少女は嘘は付いていない、不整合に見えるが未成年で未熟だから矛盾があってもおかしくない」という方向で処理しようとする意見や
「何にせよ小出氏が悪い(もし仮にハニートラップだとしても下心を出して引っかかった小出氏が悪い)」という有り得ない意見が相次いだがそこへの批判は一切起きなかった
被害者をむやみに疑うことは避けなければいけないが「絶対に疑ってはいけない」は逆に問題だし理解を求めるには冤罪への危惧や配慮も同時に持たなければいけない、「被害者を疑うことはセカンドレイプ」だと言うがそれは被害が事実である場合の話でもし勘違いや虚偽であるなら疑いをかけられた男性へのセカンドレイプになる、現行の社会では痴漢の容疑者にされれば女性の証言だけで逮捕、起訴、有罪にされるケースが普通にある、痴漢に限らず性犯罪の冤罪は確実に起こっているだろう
こういった事へは一瞥もせずに性犯罪の被害を訴える女性を思考停止で条件反射で擁護しようとするのは魔女裁判の推奨の様に感じてしまい怖いものがある、この事実は心に留めて自己を監視するようにしなければいけない、バランスを欠いた倫理観は無自覚な暴力だ(酷いのになると確信犯(男性へ冤罪など社会コストだと思っているミサンドリー)なフェミニストもいるだろう

日本の一人当たりのGDPが低くく見えるカラクリ

一人当たりのGDPは日本は世界18位(2015年)なので見るところから見ると裕福でないというが本当なの?
 
によると
 
一位のルクセンブルグは一人当たりのGDPが(日本円で)600万だが人口が50万人しかいない、
これって人口が増えて100万人になり労働者が増えた分だけ経済が拡大しないと半分は無職になるので一人当たりのGDPも半分になるってことだよね?
つまり日本は一人当たりのGDPは350万だが人口が多く、主婦であったり学生であったり福祉で生かされ働いていなかったりする人がたくさんいるからその分一人当たりのGDPが低いのではないだろうか?
(つまり人口が多い分勝ち組なのでは?国全体のGDPは上がるわけだし。)
 
昔は男性だけが働いていたが現在は女性も社会進出したので労働人口が倍になり職が足らなくなった、なので雇用の奪い合いが起きて賃金が下がり不景気に、ルクセンブルグも移民を受け入れ人口が倍になれば一人当たりの賃金を下げ職を作るしかない、そうすれば一人当たりのGDPは下がる
 
そもそもルクセンブルグは人口が50万人でなぜそれ程裕福なのか?この国はモナコの様に裕福な人たちが集まって国にしているのでは?だとすれば見え方は違ってくる、
そのれを示すかのようにルクセンブルグはたった一年で一人当たりのGDPが400万も増加している↓
2015に600万で2016年に1000万を超えるってどういう事???
これは普通の国では有り得ない。何らかの特殊な事情があるとしか考えられない
 
ルクセンブルグの様に特殊でなくてもヨーロッパや北欧は物価やサービスの料金が高く収入が高くても実質それ程豊かではないという意見もある
 
やはり国際的に比較するにはなぜそうなっているのかをよく知る必要がある、置かれている社会や経済の情勢が異なるのだから表された数字だけで単純に理解してはいけない
 
これはジェンダーギャップ指数や少子化対策にもいえること。世界各国を一律で同じ基準で統計を取ることに意味はない
我々は思想を持った人達に意図的に騙されている可能性がある
こういったいい加減な統計のファクトチェックをそろそろし始めないといけない時に来ている

 

メディアは左傾化しており公平さは最早ない(政権の横暴VSメディアの横暴)

最近思うこと。明らかにメディアが左傾化している
私は右にも左にもうんざりしていて居場所を探している派なのだがせめて報道の公平さは担保されるべきだと思う
7/4のワイドショーの「バイキング」にて
秋葉原での安部総理の演説を「辞めろ」コールで邪魔する人達に
「こんな人達には負けない!」と言って
切れた安部総理に
邪魔をしている人達の問題点にはまるで触れずに「国民をこんな人呼ばわりする総理」と一方的に批判するVが流れた
野次は終始続き演説が聞きたい人の権利を侵害しておりヘイトスピーチと変わらない暴力性があるがこの問題点はいくら現政権が嫌いでも指摘すべきではないだろうか?
最後には「皆さんどう思いますか?」と問いかけたが明らかに偏りがあった
 
右も左も思想のベクトルが違うだけで本質的な強引さ(人の話を聞かずやりたいようにやる)は変わらない、こんなので日本はどうなるのか